不登校・ゲーム依存に悩む親へ捧ぐ――教員ママが猛省の末に見つけた、子どもが自ら動き出す「もう一つの社会」と「心の基地」

我が子2人が小学校の後半で登校しぶりを始め、間を置かずに不登校になりました。

わが家は夫婦とも高校教員で、家庭の方針として、幼い頃からゲーム機は一切持たせていませんでした。ただ、プログラミング教室に通わせていたため、どちらも自分用のパソコンは持っていました。なので、学校に行かない時間、パソコンでインターネットを見たりすることはできる環境にありました。

また、上の子には、12歳の誕生日に「みんな持っていて話が合わなくて辛い」と泣かれ、友達関係を心配してようやくゲーム機を買い与えました。むしろ「もっと早く買ってあげればよかったのかも」と、少しの後悔を抱えながらのゲーム解禁でした。

「不登校」と、激しい精神的落ち込み

学校に行けなくなった直後、2人の落ち込みは悲惨なものでした。 学校だけでなく、それまで行けていた近所の買い物すら「誰か知っている子に会うかもしれない」と身を隠し、人が集まる場所ではパニックを起こすほど。一時は親が常に見ていないと何をするか分からないと思ってしまうほど、不安定な状態に陥っていました。

「まずは家を安心できる場所にしよう」

そう決意した私は、それまで生活面であれこれと叱っていたことを一切やめ、見守ることに徹しました。しかし、そうなると家でパソコンやゲームにすっかり没頭してしまうようになるまで、時間はかかりませんでした。

目次

「正しい親」でありたくて、もがいた日々

毎朝の葛藤と、際限なく伸びていくゲーム時間

毎朝の「今日は行くの?」という重苦しいやり取りと、学校への「今日も休みます」という連絡、教員でありながら職場へは「遅れて出勤する」という電話。親子で疲れ果て、「学校に行けと言うのはもうやめよう」とすっぱり切り替えてからは、子どものひどい落ち込みは減りました。

しかし、日中は仕事で親がいないため、子どものゲームを止める人はいません。 学校に行くか行かないかというストレスから解放された代わりに、ゲームとインターネットの時間は際限なく伸びていきました。あっという間に親がいる間も利用時間のルールを守れなくなり、就寝時間はずれ込み、朝はますます起きられない。悪循環でした。

パスワード変更に端末没収…親ができる限りの抵抗

親として、思いつくことは何でもやりました。 パソコンにロックをかけ、パスワードを変える。しかし、子どもたちは素人の親の制限など簡単に突破してきます。見かねてパソコンを没収して職場に抱えていったことも何度もありました。 しかし今度は、学校から貸与されている「学習用タブレット」があります。その端末管理やフィルタリングすら息子は外してしまうため、担任の先生にお願いして学校のIT支援員さんに何度もかけ直してもらいました。一時は「いっそ学習もできなくてもいいから学校に預かってもらおうか」とすら迷いましたが、「それは何かが違う」と思い留まりました。

専門家への相談、あらゆる対策を試したけれど…

「ゲーム依存」「切り替えの難しさ」について夜な夜な調べ、ネットに書かれている対策は片っ端から試しました。 「本人が納得する時間を決める」「他の活動を増やす」「毎朝、朝日を浴びる」――どれも効果はありませんでした。

担任、養護教諭、医師、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、療育センター、市の相談員、自分の両親。ありとあらゆる人に相談しました。私自身が教員として入手できる情報から、障がい者支援センターなどが主催する講習会にも片っ端から申し込み、必死に学びました。

それでも、子どもたちはゲームもインターネットもやめられませんでした。

思い余って、夜の消灯時間が近づいたら閉店時の定番BGM「蛍の光」を流すという、自己流の心理作戦に出たこともあります。当然それくらいのことでやめられるはずもなく、そのうち流す側のこちらが疲れてやめてしまいました。

職場の言葉に傷つき、親として批判される恐怖に怯える

「親がちゃんとやめさせないから」職員室での孤独

親の目が届かない長い時間、ゲームとネット漬けの生活。それが良くないことくらい分かっていました。でも、子どもを納得させられるだけのうまい説明も、対応も、当時の私にはできませんでした。

何より辛かったのは、自分の職場でした。高校教員として働く中で、職員室では遅刻や欠席の多い生徒に対して「家でゲームばかりしている」「昼夜逆転」「親がちゃんとやめさせないからだ」という批判的な言葉が日常的に飛び交います。 言葉では同僚に同意しつつも、頭をよぎるのはわが家の惨状です。「私が批判されている」と感じ、職場で先生方の声を聞くこと自体が苦痛になっていきました。教員の自分が「不登校」になりそうだとさえ思っていました。

「無理な取り上げは、また崩れてしまう」という恐怖

小児科や精神科を受診するたび、先生からは生活リズムについて確認されました。でも、これだと思える解決策は見出せません。 無理やり機器を取り上げれば、あの不登校初期の、奈落の底に落ちたような精神状態に逆戻りしてしまうかもしれない。その恐怖の方が、ゲームを続けることよりもずっと大きかったのです。

画面の向こうにあったのは、大人の知らない「社会」だった

心からの笑い声と、飾らない自分らしさ

そんな出口のない生活を繰り返していたある日、ふと気づいたのです。 彼らが毎日見ている世界は、大人が思い込んでいるような「子どもを毒すだけの有害な世界」ではないのではないか、と。

わが子らは毎日のように家にこもり、学校には行っていません。しかし、画面の向こうでは共通のゲームをする友人とインターネットで繋がり、盛んに会話しながら盛り上がっていました。ゲームの話だけでなく、他愛のない雑談で大笑いしているのです。 時には、こちらが「そんなストレートな言い方をしたらケンカになるのでは」とハラハラするような言葉遣いもありました。

学校では得られなかった「人間関係の学び」がそこにあった

でも、考えてみれば、ここ最近の彼らに、こんな風に笑ったり、飾らない自分を出して人と関わったりする機会が他にあったでしょうか。 「学校」という同一性が求められる空間で、彼らにそこまで気を許せる相手がいたでしょうか。

答えは「NO」でした。 彼らは、自分たちが大好きなゲームという共通言語を通して、最も傷ついていた時期に「安心して過ごせる環境」を自ら見つけていたのです。 時には友人同士で小さないさかいやすれ違いもあるようでしたが、それすらも自分たちなりに折り合いをつけ、乗り越える経験をしていました。学校ではできなかった「人間関係の学びと成長」が、確かにそこにあったのです。

一切の喜びや笑顔を忘れていた子どもたちが、ゲームを通して出会う世界に、救われていました。

親としての「パラダイムシフト」

確かに、身体面の健康を考えれば生活リズムは整える必要があります。 でも、この世界を無理やり取り上げることは、彼らの唯一の居場所を奪い、傷が癒えないまま緊張に満ちた世界に引きずり戻すことと同じだったのではないか。

親が考えるべきは、「子どもをゲームの悪から守り、正しい社会に連れ出すこと」ではない。ゲームの時間を管理すること自体が目標ではなく、いかに心身健康で充実した生活が送れるか。親がやるべきは、「子どもが安心感を持って過ごし、やりたい気持ちや成長したい気持ちを後押ししてやること」なのだと。長く教員を務めていながら、我が子の現状を目の当たりにして、パラダイムシフトが起きた瞬間でした。

動き出した子どもたち

親の理解を超える才能の開花

それからの子どもたちの吸収力は、凄まじいものでした。 今やゲームだけでなく、タイピング、データ収集・分析、動画編集、デジタルアート、3Dモデリング、プログラミングなどを極めだし、ITスキルは親の理解を遥かに超えています。ネットでニュースもよく見ているため、もともと好きだった科学や歴史だけでなく、国際情勢や経済動向まで日常会話で語るようになりました。

今でも、彼らは学校には行っていません。 だけど、普通に学校に行っている子たちよりも、突出して優れた専門性を自ら身につけていると(親バカながら)感じています。 ゲームとパソコンがあり、それらを通して気の置けない友と居場所を得たからこそ、「もっと知りたい」と自ら動き出すことができたのです。特に上の子は、ほどよい付き合い方を身につけ、以前のような長時間利用はほとんど自然になくなっています。

「何もしなかった」数年間は、必要な時間

親である私は、情けないことに何もしていません。何もできなかった。 今でも、わが家のスタイルは世間から見れば「堂々と誇れる生活スタイル」ではないでしょう。でも、子どもの心を守り、エネルギーを蓄えるために、この数年は絶対に必要な時間でした。だから、ゲームやインターネットを一方的に制限をかけていない点においては、後悔はしていません。

ちなみに、大人はすぐに「ゲーム依存」という言葉を使いたがりますが、WHO(世界保健機関)が正式に認めている「ゲーム障害(ゲーム行動症)」は、ゲームがないと禁断症状が出たり、私生活に重大な問題が起きていると知りつつもやめられないといった非常に深刻なレベルを指します。いわゆる日常会話で使われるケースの多くは「有害な使用」「危険な使用」の段階に留まるそうです。それを知ったとき、「軽々しくラベルを貼ってはいけなかった」と反省しました。

(参考)

文部科学省「ネット・ゲーム依存の理解と対応について」https://share.google/ExvlyPNmrZaQ3k3WA

厚生労働省「ゲーム障害について」https://share.google/uqxeOqDz35AISHKqM

少しずつ、前へ

心が十分に回復し、自分なりの成長を始めたからでしょうか。最近になってようやく、私はまた少しずつ「そろそろやめなさい」を言えるようになりました。子どもたちも、以前のように荒れることなくそれを受け入れています。

遠回りをしたけれど、これでよかったのだと思っています。

今、子どものゲームや昼夜逆転に夜も眠れないほど悩んでいる保護者の方へ。 目に見える、今この瞬間の「生活の乱れ」だけに囚われず、どうか画面の向こうでお子さんが見せている「笑顔」や「繋がり」を見てあげてください。家が本当の安心安全な基地になったとき、子どもたちは自ら未来へ向かって動き出します。

  • 大人からの一方的で管理的な介入は、子どもの安心を奪う可能性があり、逆効果。ゲームを安易に否定し、「やめなさい」と言うのを減らす。
  • 子どもがゲームによって何を楽しんでいるかを知り、心の回復や成長の場になっていることを認める。

大丈夫、無理に奪わなくても、子どもたちの育つ力を信じてみませんか。

【監修】水谷 和佳奈(元 公立高校教諭)

19年間、公立高校教諭として大学・短大・専門学校への進学や高卒就職など、幅広い進路指導に従事。その中で、高校卒業時ではなく中学までの進路選択のあり方に社会的な課題を見出す。我が子の学びの場を探す中で直面した地方都市における学びの選択肢の少なさを解消すべく、NIJINアカデミー熊本八代校の教室長に就任。地域産業に密着した学びを通じ、自己理解・社会理解を深め、主体的な進路実現に向かう教室を運営している。

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