「さっき説明したのに、もう忘れてしまった。」
「一つ目はできたのに、次は何をするのか分からなくなってしまう。」
「宿題を始めたのに、『何をするんだっけ?』と手が止まってしまう。」
このような子どもの姿を見て、不思議に思ったことはありませんか。
「話を聞いていないのかな。」
「もっと集中すればできるのに。」
そう感じる保護者も少なくありません。
しかし、子どもは話を聞いていなかったわけではないかもしれません。
実は、ワーキングメモリという認知機能が関係していることがあります。
ワーキングメモリとは、聞いたことや見たことを短時間だけ頭の中に置きながら、考えたり行動したりする力です。
授業で先生の話を聞くときも、宿題をするときも、毎日の生活の中で何度も使われています。
この記事では、ワーキングメモリの仕組みや学校生活で起こりやすい困りごと、家庭でできる学習の工夫について、作業療法士の視点から分かりやすく解説します。
国や世界ではどのように考えられている?
近年は、「できないことを何度も練習する」だけではなく、その子に合った学び方を考えることが大切だとされています。
文部科学省では、「個別最適な学び」を推進しています。一人ひとりの理解の仕方や特性に合わせて、学習方法や学習環境を工夫することを重視しています。
また、WHOが示しているICF(国際生活機能分類)でも、「できないこと」だけを見るのではなく、環境を整えることで、その人が持つ力を発揮しやすくするという考え方が示されています。
つまり、「もっと頑張ればできる」という考え方ではありません。
「どうすれば覚えやすくなるだろう。」
「どうすれば学びやすくなるだろう。」
そんな視点で子どもを見ることが大切だとされています。
ワーキングメモリの特性がある子どもも、環境や学び方を工夫することで、本来持っている力を発揮しやすくなります。
作業療法士が考えるワーキングメモリ
作業療法士は、「できないこと」だけに目を向けるのではありません。
「なぜ難しいのか。」
「どうすればできるようになるのか。」
この2つの視点を大切にしながら、子ども一人ひとりに合った支援を考えます。
保護者からは、
「説明を聞いても、すぐに忘れてしまいます。」
「何度伝えても、同じことを聞いてきます。」
という相談を受けることがあります。
このような様子があると、「記憶力が悪いのかな」と心配になるかもしれません。
しかし、長く記憶する力に問題があるとは限りません。
難しさの背景には、「一時的に情報を頭の中に置きながら使う力」が関係している場合があります。
つまり、
「覚えながら考える」
「覚えながら行動する」
ことに負担がかかっている状態です。
そのため、「もっと覚えなさい」と繰り返すだけでは十分な支援になりません。
情報を整理しやすい環境を整えること。
子どもに合った学び方を見つけること。
それが、子どもの「できた」を増やす第一歩になります。
ワーキングメモリとは
ワーキングメモリとは、情報を一時的に記憶しながら、その情報を使って考えたり行動したりする認知機能です。
よく「脳のメモ帳」に例えられます。
メモ帳に書ける量には限りがあります。
情報が多くなりすぎると、新しい情報を書き込むことが難しくなります。
ワーキングメモリも同じです。
一度に多くの情報を処理しようとすると、途中で情報が抜け落ちてしまうことがあります。
頭の中に必要な情報を一時的に置き、その情報を使って次の行動につなげる役割があります。
例えば、学校では次のような場面で使われています。
- 先生の説明を聞きながらノートを書く
- 暗算をする
- 音読をしながら内容を理解する
- 「教科書を出して、18ページを開いて、問題3まで解く」という指示を覚えながら行動する
このように、学校生活ではワーキングメモリを使う場面が数多くあります。
「記憶力」と混同されることがありますが、ワーキングメモリは長く覚える力ではありません。
必要な情報を短時間だけ保持し、それを使って考えたり、判断したり、行動したりする力です。
学習だけではありません。
友達との会話や遊び、身の回りのことなど、日常生活のさまざまな場面で使われています。
ワーキングメモリには4つの働きがあります
ワーキングメモリは、一つの機能ではありません。
役割の異なる4つの働きが協力しながら、情報を整理したり、行動につなげたりしています。
そのため、どの働きに負担がかかるかによって、子どもに見られる困りごとも変わります。
1.音韻ループ
音韻ループは、聞いた言葉を一時的に覚える働きです。
学校では、先生から、
「国語の教科書を開いて、30ページの問題2まで取り組みましょう。」
と言われることがあります。
このような指示を覚えながら行動するときに、音韻ループが働いています。
この働きに負担がかかると、
- 指示を忘れやすい
- 聞き返しが多い
- 長い説明になると途中で分からなくなる
といった様子が見られることがあります。
2.視空間スケッチパッド
視空間スケッチパッドは、見た情報を一時的に覚える働きです。
黒板を書き写したり、図形問題を考えたり、地図や表を見ながら理解したりするときに使われます。
この働きに負担がかかると、板書に時間がかかったり、図形や表の理解が難しく感じたりすることがあります。
3.エピソードバッファ
エピソードバッファは、聞いた情報と見た情報を結び付ける働きです。
先生の説明を聞きながら黒板の図を理解したり、文章とイラストを結び付けたりするときに使われます。
複数の情報を整理し、一つの意味として理解するために欠かせない働きです。
4.中央実行系
中央実行系は、ワーキングメモリ全体をコントロールする司令塔です。
必要な情報を選び、不要な情報を整理し、状況に合わせて考えながら行動します。
この働きは、前回紹介した注意機能とも深く関係しています。
そのため、
- 話を聞いていても途中で分からなくなる
- 宿題が進まない
- 指示を忘れてしまう
といった困りごとは、注意機能だけでなく、ワーキングメモリが影響している場合があります。
学校ではどんな困りごとがある?
ワーキングメモリに負担がかかりやすい子どもは、「覚えること」だけが苦手なのではありません。
「覚えながら考えること」
「覚えながら行動すること」
に難しさを感じる場合があります。
学校では、ワーキングメモリを使う場面が数多くあります。
授業中は、先生の話を聞くだけではありません。
話を聞きながら、黒板を見て、ノートを書き、内容を理解する必要があります。
文章題では、問題文を読みながら必要な情報を覚え、計算方法を考え、答えを導きます。
このように学校では、複数の情報を同時に処理する場面が多くあります。
そのため、次のような困りごとにつながることがあります。
- 口頭での指示を最後まで覚えられない
- 黒板を書き写している間に先生の説明が終わってしまう
- 文章題で何を求めればよいのか分からなくなる
- 音読はできても内容を理解しにくい
- 忘れ物や提出物の漏れが多い
- 宿題の途中で「何をしていたんだっけ」と手が止まってしまう
これらは、「やる気がない」「努力不足」ということではありません。
ワーキングメモリへの負担が大きくなり、本来持っている力を十分に発揮できていない可能性があります。
子ども自身も、「頑張っているのにできない」と感じ、自信を失ってしまうことがあります。
大切なのは、子どもの認知特性を理解することです。
その子に合った学び方や環境を整えることで、本来持っている力を発揮しやすくなります。
次の記事では、家庭ですぐに取り入れられる学習方法や支援の工夫について詳しく紹介します。
▶︎ワーキングメモリに負担がある子どもへの学習方法
ワーキングメモリは、練習すれば簡単に大きく伸ばせる力というよりも、使いやすい環境を整えることで力を発揮しやすくなる認知機能です。
そのため、大切なのは「もっと覚えよう」と頑張らせることではありません。
子どもが情報を整理しやすい方法に変えることです。
例えば、先生の話を一度で覚えることが難しい場合は、情報量を減らしたり、目で確認できる形にしたりすることで負担を軽くできます。
ワーキングメモリへの負担を減らす工夫には、次のような方法があります。
▶︎① 指示は短く分ける
ワーキングメモリに負担がかかりやすい子どもは、複数の指示を一度に覚えることが難しい場合があります。
例えば、
「ランドセルを片付けて、手を洗って、宿題を出して、明日の準備をしてね。」
という声かけは、大人にとっては簡単な指示でも、子どもにとっては多くの情報を覚えておく必要があります。
その場合は、
「まずランドセルを片付けよう。」
「終わったら手を洗おう。」
のように、一つずつ伝えることが大切です。
また、言葉だけではなく、
- チェックリストを使う
- 絵や写真で手順を示す
- ホワイトボードに書く
など、目で確認できる工夫も効果的です。
「覚えておく」負担を減らすことで、子どもは行動に集中しやすくなります。
▶︎② 見える情報を増やす
ワーキングメモリは、頭の中だけで情報を保持します。
そのため、情報が多くなるほど負担が大きくなります。
そこで大切なのが、「外に出す」ことです。
例えば、
- 今日やる宿題を書く
- 手順を紙に貼る
- 大切なことをメモする
- 予定表を使う
などがあります。
「覚えておいて」と伝えるのではなく、「見れば分かる状態」を作ることがポイントです。
これは、子どもの能力を下げる方法ではありません。
必要な力を発揮するための環境調整です。
▶︎③ 一度に取り組む量を調整する
宿題を見ると、量の多さだけでやる気を失ってしまう子どももいます。
例えば、漢字プリント10枚を一度に見ると、「全部やらなければいけない」と感じてしまいます。
その場合は、
「まず1枚だけやろう。」
「ここまでできたら休憩しよう。」
と区切ることが大切です。
終わりが見えることで、見通しを持って取り組みやすくなります。
また、小さな達成感を積み重ねることは、学習への自信にもつながります。
▶︎④ 聞くことと書くことを分ける
学校では、
「先生の話を聞く」
「黒板を見る」
「ノートを書く」
という複数の活動を同時に行います。
しかし、ワーキングメモリに負担がかかりやすい子どもにとっては、とても難しい作業になることがあります。
例えば、
先生の説明を聞くことを優先する。
ノートは後から写す。
重要な部分だけ書く。
など、負担を減らす方法があります。
「全部できること」を目標にするのではなく、その子に合った方法を探すことが大切です。
▶︎⑤ ICTを活用する
現在では、学習を支える方法としてICTの活用も広がっています。
例えば、
- 音声読み上げ機能を使う
- タブレットで学習する
- 写真で板書を残す
- デジタル教材を活用する
などがあります。
紙に書くことや覚えることに負担が大きい場合でも、ICTを使うことで学習に参加しやすくなることがあります。
文部科学省も、一人ひとりの特性に応じた学びを実現するため、ICTを活用した教育を推進しています。
大切なのは、「みんなと同じ方法で学ぶこと」ではありません。
その子が理解しやすく、自分の力を発揮できる方法を見つけることです。
▶︎作業療法士のワンポイント
ワーキングメモリに困りごとがある子どもに対して、大切なのは「覚える練習を増やすこと」だけではありません。
日常生活や学習では、誰でも頭の中で処理できる情報量には限りがあります。
大人でも、たくさんの予定を一度に伝えられると忘れてしまうことがあります。
子どもも同じです。
「覚えていない」ではなく、「覚えておく負担が大きかった」と考えることで、必要な支援が見えてきます。
子どもが安心して学べる環境を整えることは、自信を育てることにもつながります。
▶︎まとめ
ワーキングメモリは、学習や生活を支える大切な認知機能です。
「話を聞いていない」
「忘れっぽい」
「集中できない」
と見える行動の背景には、ワーキングメモリへの負担が関係していることがあります。
大切なのは、子どもを責めることではありません。
その子が情報を受け取りやすい方法や、力を発揮しやすい環境を整えることです。
学び方は一つではありません。
子どもに合った方法を見つけることで、「できた」という経験を増やすことができます。
関連記事
▶︎注意機能とは?子どもの「話を聞いていない」は誤解かもしれません
▶︎聞き取り困難症(APD/LiD)とは?「聞こえているのに理解できない」子どもの特徴と支援
監修
佐藤 仁美(作業療法士)
作業療法士として10年以上にわたり、児童発達支援・放課後等デイサービスで発達に特性のある子どもたちへの支援に携わる。現在はNIJINアカデミー東金校の教室長として、不登校の子どもたちの学びや保護者支援にも取り組んでいる。
専門は、発達支援、感覚統合、認知機能(注意機能・ワーキングメモリ・実行機能など)の評価と支援、学習支援。医療と教育の両方の視点を活かし、一人ひとりの特性に合わせた支援を実践している。
この記事について
本記事は、国内外の公的機関(世界保健機関〈WHO〉、文部科学省、厚生労働省など)が公表している情報や、認知機能に関する研究知見を参考にするとともに、作業療法士としての臨床経験を踏まえて執筆・監修しています。
なお、本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の診断や治療を目的としたものではありません。お子さまの発達や学習について気になることがある場合は、医療機関や教育機関、専門機関へご相談ください。

